コソボってこんなとこ:プリズレンからプリシュティナ

2018/8/8-10 1ユーロ=133円=61デナル

スコピエの宿にスーツケースを預け

身軽にコソボのプリズレンとプリシュティナへ。

バルカン半島がすっかり気に入った私は

コソボにも足を伸ばしてみることにしたのです。

あと現金が減ってきたのでユーロを引出すのも目的でした。

 

スーツケースを引きずらない移動って楽ちん。

夏はこれだけで済むんだけどなぁ・・・

・スコピエ→プリズレン直行バス

11:30(土日運休),16:00 550デナル

 

・プリズレン⇔プリシュティナ間は頻発

4ユーロ

プリズレンではお決まりの要塞行っとくかくらいの予定でした。

急勾配なものの比較的楽に上がれます。

ラッキーなことに私が訪れた時はイベントの真最中で

小さな街ながらも賑わっていました。

露店におもちゃ屋が並んだりして。

キャンキャンとぎこちなく歩く犬が懐かしい。

 

「ハロー!!あなたもDUCU目当て?」と

宿のスタッフやルームメイトもテンション高めでした。

DUCUとは映画と音楽のイベントの様で

屋外に設置されたスクリーンで映画を見たり

朝まで踊ったりするそうです。

実際、ルームメイトのお姉ちゃん達は朝帰りでした。

徹夜は無理だけど、映画鑑賞はいいかもな。

暗くなり始める20:00〜、ジャンルはせっかくコソボにいるので

バルカン映画を選択しました。

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なかなかの賑わいです。

感想はというと・・・

質の悪い音が巨大スピーカーから割れんばかりに響き

うるさくて少々うんざり。

内容は会話が多めだったので、英語字幕はあるものの

正直よく分かりませんでした。(これは私のせいだけど)

ポルトガルでギタリストとして生活するバルカン出身の青年が

時々にバルカン紛争を回想するみたいな。

色も音楽の音色も暗めで、これがバルカンっぽさなのかもしれません。

まぁ雰囲気ですね、イベントに参加したってことで。

最後は監督さんが登場して質問コーナーなんかもありました。

 

コソボではアルバニア国旗をよく見かけました。

ソファーの上であぐらをかいていたら

「その座り方アルバニア人みたいだ」と笑われたりも。

コソボの大半はアルバニア人ですからね。

 

コソボ紛争前には少数民族も住んでいました。

紛争時に民族浄化の対象になった人達が

「コソボの9割がアルバニア人、1割がセルビア人という見解は間違いだ」

ってドキュメンタリー番組で語っていたなぁ。

 

セルビア人だけでなく、ロム、ゴーラ人、エジプト人、トルコ人、イスラム教徒などは

爆弾テロ、殺人、民家の破壊、脅しなどで徹底的に追放されました。

畑仕事に行った人達がごっそり帰って来なかったり

行方不明になったと思ったら死体で発見されたり

そんなことは日常茶飯事でした。

さらには、墓を掘り起こして死体を別の場所に捨てたりと

なかなか卑劣な迫害方法を思いつくものです。

 

これらの行為はNATO共犯…

少なくとも黙認で行われていました。

停戦の為なら浄化やむ無しってか。

 

アルバニア人からすれば、ありがとうNATOということで

街にはNATOの記念モニュメントや

ビル・クリントンが英雄っぽく飾られていたりします。

まぁ一人寂しげではありますけれど。

「私たちの断固とした態度は、コソボの人たちが彼ら自身の国で暮らす為の唯一の希望である」

なんと米国らしい上から目線の攻撃開始文句。

米国はコソボ唯一の希望なんですって。

 

プリシュティナにある奇抜なデザインで知られる図書館。

中はがらーんとしていました。

写真集や絵本があれば見たいなと思ってカウンターへ行くと

「ノーイングリッシュ、アメリカ、あっち」と言われ

アメリカンなんとかっていう部屋へ行ってみました。

そこには英語資料があり、英語を話す人がいました。

こんな所にも米国の影か。

そういえば日本だって外国に莫大な援助をしているのに

送金して、建設はしても、常駐はしないよな。

やりました!って国旗マークだけ残して去ってゆく。

改めて見ると気持ち悪いな、このゲージみたいなの。

 

2008年に独立を宣言した新しい国コソボ。

しかしセルビアをはじめ、国連加盟国の半数以上の国が

コソボを独立承認していません。

バルカン半島の中でもコソボの人達は控えめな感じだったので

さぁ独立だ!いくぞー!というより

大国さん協力して下さいよ、寄せてきますんでみたいな。

あくまで私の印象です。

 

あ、銀行の引き出し手数料だけは超強気でした。

エコノミケバンク、TEBバンク共に1回5€って。

た、高いけど

今後イランが控えているので仕方がありません。

 

約1カ月半過ごした旧ユーゴ圏を抜けて

そろそろ北へ向かう計画を立てなければ・・・。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。



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