ヒトラーは何故ウクライナを目指したのか?︰キエフ

2018/5/15

歴史のイフ。

もしヒトラーがモスクワを陥落させていたら?

1941年6月に開始されたバルバロッサ作戦。

ドイツ軍は快進撃を続け

たった数ヶ月でモスクワへ到達しようとする勢いでした。

 

しかし!

モスクワまであと一歩と迫った中央部隊が進路をキエフへと変更。

南下を始めたのです。

もしキエフへ向かわずに、そのまま一直線にモスクワへ向っていれば

冬将軍がやってくる前にモスクワを陥落させる事ができていたかもしれません。

いや、できてたでしょ。

 

まぁ首都なんか移しちゃえばいいわけだし

軍の工場は既に東へ租界していたらしいので

モスクワを取ったところで大打撃はにはならなかった説も分かるんですが。

鉄道が集約されている地点なので、ソ連の足を断つというポイントも無視はできません。

ここでの躓きが後を引いてるのも事実だし。

 

やっぱりモスクワ落としてからキエフへ向かっていれば戦局は変わっていた、

そう思わずにはいられません。

 

それでもヒトラーは、幹部達の反対を跳ね除けて南下を命じました。

 

何故か?

 

これには諸説あり、北部、中央、南部と3つの部隊で東方面への攻撃を開始したわけですが

中部部隊のモスクワ進撃が早すぎた為足並みを揃えたかったとか。

南部戦線で苦労していたルントシュテットは

ヒトラーのお気に入りだったとか。

 

もう、またまたぁ。。。

映画や学校で行われる洗脳で「ヒトラーはワンマンで所詮伍長の器だった」

そんな印象を与えようとする意図がひしひしと感じられます。

 

じゃあ、本当はなんで欲しかったの?

 

ウクライナは欧州の穀物庫と呼ばれる程地下資源が豊富だからです。

鉄鉱石は出るわ、石油は出るわ。

で、ここを取ればコーカサス地方までにも手が届きます。

農業もさかんで実の穀物も豊富。

ふむ、ヒトラーも喉から手が出るほど欲しかったわけだ。

名前が気に入らないレーニングラードよりも、形だけの首都モスクワよりも。

 

いやーでも、まずはノリに乗ってたモスクワから行ってたらなぁ。

↑しつこい

 

大変長い前置きでしたが、これが私のキエフに対するイメージで

始めてキエフという土地の名前を知ったキッカケでした。

 

実際に来てみた感想はというと、

「ウクライナ」という確立した印象を説明するのが難しいな。

話す言葉はロシア語だし、食事は美味しいけど特別感もないので。

 

郊外の住宅はソ連的でしょ。

エレベーターの揺れと気味の悪い機械音が恐怖でした。

一週間滞在してたら少し慣れましたけれど。

旧市街は欧州風。

どこを切り取っても絵になる街並みです。

そして反ソ連感情を持っていて、アジア人差別を感じる国だなと。

都会っ子はそうでもないけど、明らかに見下した視線を送って来る人もいます。

まー以下の会話には悪気はないんでしょうけど・・・

「フォークとナイフも使えるのね?!箸しかないと思ってた」

「毎日、スシしか食べてないんでしょ?」などね。

私もウクライナに対しては無知なのでお互い様でしょうか。

ボルシチはウクライナ料理というのも初めて知りました。

特徴が無いって言ったら失礼か。

よく言えば「うまく融合した」とでも言いましょうか。

 

皆が欲しがる豊かな土地!キエフ!

う、薄い。。。

どう言葉を選んでも失礼になるので、この辺で止めておこうっと。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。



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