激戦地に眠る独伊英の兵士たち︰アラメイン

2018/11/7

第二次世界大戦時、北アフリカの激戦地となったエル アラメインには

戦争博物館と独伊英の兵士達が眠るお墓があります。

これらは共同墓地ではなく国別。

それぞれ6〜11km離れていて少々大変ですが

アレキサンドリアから公共交通機関を利用して行くことができます。

 

まずはアレキサンドリアのバスターミナル(マウカフ)へ向かいます。

アレキサンドリアにはミニバスのローカルサインがあり

手をパーにして相手の方へ向け上をツンツンする様な動きがバスターミナルを意味します。

運転手にいちいち大声で聞かなくても良いので

のどが枯れなくて便利でした。

マウカフと言いながら動かせば完璧です。

他の地域でも導入すればいいのに。

他にも地面を人さし指でツンツン、指を4本立てウェーブなど様々ありました。

 

マウカフには気が遠くなる程のミニバンが待機しています。

4番線からアラメイン行きに乗込みましょう。

(約1時間 19ポンド)

 

まずは戦争博物館から。

各国の制服、写真パネル、勲章等が展示されています。

展示方法や説明等は二流かなぁと。

チケット代の100ポンドは冷蔵庫並みのクーラー代ですね。

ただ枢軸軍を悪く言って無いという点は高ポイント。

ロンメルはちゃんと英雄視されていました。

部下からの辛抱が厚く、敵からも賞賛を浴びた軍人ですからね。

独軍の人間が適正に扱われてるって結構すごい。

どこへ行っても悪者扱いでメチャクチャ言われちゃってるからな。

 

彼の身に着けていたものという説明書き。

本当かなぁ?ちょっと疑わしい。

けど、雰囲気はある。ま、これはこれで良し。

外には対戦車砲などが並んでいました。

英国軍墓地は博物館から近いのでセットで訪問できます。

 

この辺りは飯屋どころか商店さえありません。

朝何も食べて来ず、食料も持たずに来た事を後悔。

持ち手の水(500ml)だけでやり過ごすしか無さそうです。

英国軍墓地。

無数の墓石が立てられ広い敷地を埋め尽くしていました。

 

さて、次の目的地は独軍のお墓。

幹線道路に出て、西へ向うミニバンを拾います。

10分と待たずに通りかかり、目的地で下ろしてもらいました。

この幹線道路からが地味に遠いんだよね。

既に博物館と英国軍墓地まで、日陰のないアスファルトを

2km弱歩いているので結構きついです。

 

ドイツとエジプト国旗がはためく門をくぐると

セキュリティーに止められました。

「どこに行くんだ?何しに来たんだ?

グループじゃないのか?

この先には独軍の墓しかないぞ。

ホテルには近付いちゃダメだぞ!」

と質問攻め。

ホテルって何?と思いつつも、グーグル翻訳で

「私は日本人です。独軍墓地に行きたいです。

見学したら直ぐに帰ります。

ホテルには行きません。」

 

するとお兄さんがどこかに電話をして

私を通してもいいか確認している模様。

ここで追い返されたら悲しすぎる。

こういう時間は長く感じられるものです。

 

ドキドキ。。。

 

結果、にっこりと通してくれました。

「ホテルには行っちゃダメだぞ!」と念を押されました。

まぁこんな所に一人で来るアジア人なんて怪しいよね、はい。

 

歩くのだるいと文句垂れていたくせに

大通りからの道が何ともいい感じでテンション上がりました。

今まで写真で見てきたのと同じ景色が広がっています。

乾燥した大地の向こうには海、そして欧州。

あぁロンメルもここにいたんだなーなんて想いを馳せながら歩くと

干からびそうな環境も楽しくなってくる。

建物に近付くと何処からともなく番人が現れ

鍵を開けてくれました。

番人はエジプト人とドイツ人のハーフで、ドイツ政府の元で働いているそう。

棺の上にはドイツの地名が書かれ

壁のプレートには出身地別に兵士の名前がぎっしり。

2階にある小さな博物館には、遺体を入れた棺が運び込まれている写真があり

実際にこの下に埋まってるのかと思うと何だか複雑な気持ちになりました。

その上に立ってるって、ねぇ。

 

番人はムスリムだからか平気で墓石に座り携帯をいじり始め

君も座りなさい、今夜時間ある?ってナンパモード。

ハーフといえどエジプト色しかしない人でした。

 

屋上からの眺め。

建設中の建物が見えます。

セキュリティーの人が言ってたのはコレか。

ホテルを建ててるのか。

 

最後に記帳しましたが、今日は私が一人目の訪問者でした。

欧州からのツアー客が来たとしても、1日数組程度だそう。

「日本でこの墓地は有名か?」と番人。

「いやぁぁ…残念ながら全く無名です。

私はロンメルと独軍が好きだから来ただけで。」

個人的にはエジプトの第一目的だと言っても良い位だけど

「わかる〜」って話が盛り上がったこと皆無ですからね。

 

さてここまで来たのでもう一つ、伊軍の墓地にも行ってみましょう。

トボトボ幹線道路へ向けて歩いていると

(ヒッチもしてないのに)乗ってけよとトラックに拾われ

幹線道路でもすぐ車が止まり、運良く簡単に着くことができました。

この間の体力温存は本気で助かりました。

手持ちの水も風前の灯火。

乗せてくれた青年とおじさん、ありがとう。

 

おおっ、立派な門構えです。

独軍と同じ様な塔スタイルですね。

脇にはヘリポートがありました。

実際に基地として使っていた土地であることが分かります。

あーあ、鍵がかかっています。

ぐるりと塔の周りを歩き帰ろうとした時

係員さんがやって来て開けてくれました。

遺体が中に眠っていることや

名前が分からない兵士がたくさんいることなど

全てジェスチャーで説明してくれました。

変に下手な英語でべらべら話されるより

耳の聞こえない人のジェスチャーの方が分かりやすいなと。

 

お墓の他にも、基地として使っていた建物が

記念館として保存されていました。

小さな執務室兼寒そうな寝室

空襲に備えた地下室への階段、車が2台駐車できる車庫

ストーブ、ランプなどが残っています。

机の引き出しを開けると、実際に使われていた定規が。

自由に触れる身近さが良いです。

 

ゲート付近の博物館も小さいながら充実していました。

その辺で拾い集めて来ましたという品々が何ともリアルです。

物資不足を思わせるお手製の火炎瓶。

弾の当たったストーブ、タンク、スコップなど

弾が飛び交っていた時代を物語る。

実際ココで使われてた標識だよーとか

伊軍の配給飯はパスタだぜーとか

戦争なんだけど、良い意味で身近に感じさせる様な

ラティーノ特有の明るさが印象に残りました。

伊軍墓地は中に入れるかどうかで全然違います。

鍵かかってんじゃん!と、さっさと帰らなくて本当に良かったです。

あ、バクシーシの請求もありませんでした。

 

どの墓地も、入口にはエジプト国旗と並び各国の国旗が掲げられ

墓石には各国の言語が使われています。

警備員や番人もいて管理されていることからも

戦没者への敬意が感じられました。

 

兵士の皆さんどうぞ安らかに。

 

⚠ちょっと注意

私は独、伊軍墓共に中に入れましたが、番人が常駐しているとは限りません。

独軍墓地の番人は来週ドイツに戻るとか言ってましたし。

伊軍の番人は寝起きで走って来たので、昼寝してる可能性も大です。

もし行く人、いましたら健闘を祈る。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。



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